| きまぐれムービーシアター |
心に残るあの迷作を!
世界の怪作・奇作 大集合!
「お楽しみはここまでだ!」
第180回
アンデスの聖餐
…というわけで、今回の作品は!
アンデスの聖餐(LA ODISEA DE LOS ANDES)だっ!
ストーリー
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ブラジルとアルゼンチンの2大国にはさまれた南米の小さな国ウルグアイ。 豊かな自然に恵まれた牧畜盛んなこの国の 敬虔なクリスチャンとしての教育を受けた上流階級の子弟たち。 その学生たちのラグビーチームがチリに遠征するために 親戚友人らサポーターとたちとチャーターした飛行機が乱気流に飲み込まれ アンデス上空で消息を? 懸命の捜索にもかかわらず遂に機体は発見できず 乗員全員の生存は絶望視されたの−だが、
いつものごとく農作業にでかけた牧童が 川で出会ったボロボロの衣服をまとう二人の男 指差す先にははるか彼方の大アンデス
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というわけで 雪と氷に閉ざされたアンデス山中で70日を生きぬき 自力の脱出行を成功させた16人(当初45人)の若者たちを
「現代の奇跡」
と世界中は歓呼と共に迎えたわけなんです、が
「人はパンのみにて生きるにあらず」
だがそのパンすらない時に 人はナニを糧として生きるのか?
この映画は 「生存者」になれなかった若者のひとり、その父親が「せめて息子の亡骸を」とアンデスの奥地に分け入り
それにカメラが同行した− という体裁をとっていますが事実のほどはやや不明(っていうか「日本語吹き替え=ナレーターの一人語り」のスタイルをとっているにもかかわらず 劇中頻繁にくりかえされる「生存者」たちへのインタビューが全然翻訳されてなかったり、とか 日本公開に際し 大幅な「シナリオ」の改ざんが行われている可能性もなきにしもあらず)
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さて物語も中盤以降 救出に当たった当時のレスキュー隊員 待ちうけて看護に当たった医師たちのコメントを交え 過去と現在が交錯しつつ刻一刻とカメラが近づく墜落現場
(隊員)「私たちはできる限り 平静を装うよう心がけました。 …だが皆一様に心に起こった動揺は静めることができませんでした」
(父親)「生存者がいると知らされた時から ある程度予測はしてました …雪と氷の中で彼らが一体他にナニを食べることができたでしょうか?」
(医師)「若者たちの状態は我々が想像していたのとは明らかに違ってました 極度の衰弱と栄養不良に侵されながらも 過去70日、水だけを飲んで生きてきたのでないことは明らかでした そこでさりげなくそのうちのひとりに尋ねました」
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機内の食糧も底をつき(傍受してたラジオから)救出の望みも絶たれ 残る道はただ1つ「自力で脱出を試みる」のみ−
極限状態の中で全員による話し合いが幾度となく行われ、やがて
「キリストの聖体受領」
と結びつけ
(不時着時に死亡した乗員たちの)
人肉
を喰うことを
正当化
していく−この辺りの葛藤は『生存者』(P.P.リード著)に克明に書かれているわけなんですが 当初
「赤い筋肉」だけを(細く切って日に干し)食べていた若者たちが(死体を少しでも食いつなぐのと最大限の栄養を得るために)
「脂肪、肝臓、心臓、腎臓」
さらに
「胃や腸、骨髄」
など可食範囲を広げていき、最後に
「今まで捨てていた頭蓋骨の脳」
に辿りつく頃は
…という作品なんですが!
まぁ結局 遠征隊員が無事アンデスの麓まで辿りつき、残された生存者も救助され 死体を食って生き延びたことも極限状態ゆえにやむを得ず−
「生きてこそ」
−で終わったのは史実の知るところ、なんですが!
「クジ引きは 本当に行われなかったのか?」 ってのは一度は誰しも抱く疑問、かと
…というわけで、きまぐれムービーシアター第180回
「アンデスの聖餐」をお送りしました!
「お楽しみはここまでだ!」